〝誤解だらけの情報〟が氾濫、その流れを残して現在に
寿元堂薬局はリビング新聞で34年にわたり、漢方について連載してきました。このほど“さりお”創刊にあたって「ここが知りたい漢方」も初心に戻り、連載を続けたいと思います。
さて、最近は漢方薬が普及し、多くの人が漢方に興味を持つようになりました。しかし、「漢方の本場は中国」だと誤解されていることが多いものです。
漢方は日本の伝統医学なのですが、なぜこのような誤解をしてしまうのでしょうか。
今回は漢方の歴史をたどってみましょう。
日本に古い中国の伝統医学が伝わったのは大和時代。その後も中国から医学や文化を輸入する時期が続きます。
そして、室町時代に田代三喜(たしろ・さんき)が中国から持ち帰った当時の最新の医学を、弟子の曲直瀬道三(まなせ・どうさん)が日本に普及させます。曲直瀬道三は医師として実力も高く、毛利元就、織田信長、豊臣秀吉などの時の権力者も彼の患者だったそうです。
その後、日本の気候風土や日本人の体質に合わせ、日本独自に変化した医学が漢方なのです。
漢方という名前は、江戸時代に日本に伝わってきたオランダ医学(西洋医学)を蘭方(らんぽう)と呼んだのに対して、当時の日本の医学を漢方と呼んで区別したことに由来します。
文明開化の風潮に流された明治初期までは、日本の医学といえば漢方だったのです。
そんな中、明治政府が求めたものは、治療の質の均一化が図りやすく、軍事医学に優れた西洋医学でした。
明治8年には、それまでの主流医学である漢方ではなく、西洋医学の医術開業試験制度(現在の医師国家試験)が制定されます。
こうして、西洋医学が日本の主流となり、漢方は衰退の一途をたどることになったのです。
そんな逆境の中でも、漢方の存在意義に気付いていた極めてわずかな人たちの間で、日本の伝統的な漢方薬の使い方が継承されていきました。
昭和32年には、漢方エキス製剤が誕生し、その後は徐々に漢方薬が見直されていきます。
しかし、残念ながら現在は、漢方薬は普及はしているけれど、漢方という医学はあまり浸透していない状態です。
一度廃れてしまった漢方の〝誤解だらけの情報〟が氾濫し、その流れを残したまま現在に至ってしまっています。
ですから、多くの人が「漢方の本場は中国」だと誤解することは仕方がないのかもしれません。
その他にも漢方に関する誤解は意外と多いものです。少しでも漢方に対する誤解をただしていけるよう、きちんとした知識を掲載していきたいと思います。