Q 漢方薬を扱っている大阪の知人から、北山先生の「漢方処方・口訣(くけつ)集」が役立つと聞きました。江戸時代の口訣の資料が豊富でよいとのことですが、口訣って何ですか。 (43歳、女性)
漢方薬を効果的に運用する〝秘伝〟
A 口訣は、広辞苑によると「文書に記さず、口で言い伝える秘伝」とあります。料理に例えると、優秀な料理人が見込んだ弟子に教える調理のコツのようなものです。
経験医学である漢方も、師から弟子に秘伝を伝えることで継承されてきました。経験を基に組み立てられた陰陽説や五行説などの理論だけでは漢方の効果を引き出すのが難しいからです。これは調理の基本を学んだだけではおいしい料理店ができないのと同じです。
師の口訣を弟子が書き留めたものや古い時代の名医の解説書なども漢方では口訣と呼び、口訣には漢方薬を効果的に運用するコツが多く含まれています。
「漢方処方・口訣集」は漢方薬の出典と口訣を多数収載していますが、出典と口訣を参考にすることは、料理の基本の知識を深めながら、優秀な先輩たちのアドバイスを聞くことに似ています。
現在は漢方薬が氾濫していますが、〝風邪には葛根湯〟などと、病名だけを手掛かりに薬を選ぶ簡便な使い方(病名漢方といわれます)と、理屈をてっとり早く学んでよしとする中医学といわれる中国医学が分かりやすいために広まって、どちらも〝漢方〟ということになっています。
これは、一つの料理が全ての人の好みに合うとしたり、味は差し置いて講釈を述べたりすることに似ています。
病名漢方は健康保険が使える漢方薬に多いのですが、これは西洋医学の中の〝漢方薬〟という区分の薬と考えればよいかもしれません。
素晴らしい発展を遂げている西洋医学の〝漢方薬〟の使い方には将来の可能性が秘められているでしょう。
一方の中医学は〝漢方は中国が本場〟という誤った先入観と、どちらも生薬(しょうやく)で作った製剤のためか、漢方と同一視されることが増えました。
本来の漢方は難しく、今では学べる機会も全国的にまれになりましたが、20年ほど前までは漢方に熟練し、漢方と中医学の比較ができる先生方がまだおられました。
漢方を深く知らない今の人たちは、漢方と中医学の比較さえできなくなっています。
ともあれ、結果がよければ何でも良く、それぞれの立場で研さんに励んでいる人たちはおられるでしょう。
しかし、漢方の優れた特徴が知られることなく、病名漢方と中医学が〝漢方〟と錯覚されるようでは、真の漢方とその素晴らしい効果が世間から失われかねません。
大阪のお知り合いは数少ない漢方の専門家の一人なのではないでしょうか。そのような人によって漢方が継承されていくと思います。