Q 以前、テレビ番組で「抑肝散(よくかんさん)」という漢方薬が大きく取り上げられていました。認知症に効くそうですが、最近認知症ぎみの母にも効果があるでしょうか。 (57歳・男性)
A ここ数年、マスコミで抑肝散がよく取り上げられています。
私が見た番組では、「抑肝散」がいかに認知症の症状を改善するかを特集していました。あの番組を見た人は、「こんなにも認知症に効く漢方薬があったのか」と感心した様子です。
しかし、私は違和感を持たざるを得ませんでした。「認知症の薬=抑肝散」ではないと私は考えているからです。
そこで今回は、抑肝散の歴史を書物からひもといてみましょう。
抑肝散は、中国の明の時代(1555年)に編纂された小児科の書物「保嬰撮要(ほえいさつよう)」に載っている薬。五行説では、五臓の一つである〝肝〟の気が高ぶって興奮すると、ひきつけなどを起こしやすくなると考えます。その肝の気を抑えて、鎮静させるところから抑肝散と名付けられたと思われます。
日本では、その「保嬰撮要」から100年後の書物「捷径医筌(しょうけいいせん)」や、江戸時代の代表的な処方集「古今方彙(ここんほうい)」に、「保嬰撮要」の文章がそのまま使われ、小児科の薬として載っています。また、「方読弁解(ほうどくべんかい)」には、大人・子ども両方の項目に載っており、どちらにもまず「大人小児ともに虚証の癇(かん)に用いる」とあります。
昭和の時代には、大塚敬節(けいせつ)先生、矢数道明(やかずどうめい)先生らによって著された「漢方診療医典」に、「刺激に興奮しやすく神経過敏で怒りやすく、イライラして落ち着きのないものに用いる。不眠のあるものにもよい」とあり、小児の項では「暴れたり、怒ったりするものによい」とあります。
この抑肝散に陳皮(ちんぴ)と半夏(はんげ)を加えたものを「抑肝散加陳皮半夏」と呼び、「漢方診療医典」には、前者は子どもに使い、後者は中年以後の更年期前後に発して神経症状が著しいときに使うとあります。
現在は両者とも年齢の区別なく使われ、後者は抑肝散が適する状態の人で胃が弱い人によく使います。
これらの書物に共通しているのは、抑肝散を使うときの目安は、〝怒気が強い〟こと。子どもの癇症はもちろん、神経衰弱、ヒステリー、歯ぎしり、不眠症、てんかん、更年期障害など応用範囲の広い薬です。
ですから、抑肝散は認知症に必ず効く薬というわけではなく、抑肝散が合う状態の人が飲めば、認知症に現れる症状のひとつである怒気が改善され、他の症状の改善も見られることがあるということなのです。