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冬の健康と漢方~ 漢方を試してみたい病気 ~

この頃は四季の移り変わりが不順になり、今年は夏の暑さのなごりが続いた後に、急に寒さが強くなりました。

最近になって、冷えを訴える相談が増えたのはその影響なのかも知れません。

さて人の健康は、季節によっても大きな影響を受けます。

「夏ばて」や「夏痩せ」など、夏の暑さによる健康への影響はよくいわれますが、冬の寒さによる体調不良についての言葉は、世間ではあまり聞くことがありません。

漢方では、暑気あたりのことを「中暑(ちゅうしょ)」といい、寒さや冷えなど寒冷による体調不良を「中寒(ちゅうかん)」といいます。

今でもよく使われる「中毒」という言葉が「毒に中(あた)る」というように、中暑は暑さに中ること、中寒は寒さに中るという意味です。

中寒によってあらわれる症状の中には治りにくいものもありますが、現在の社会では、錠剤や顆粒など飲みやすい漢方薬でよく改善される軽症のものが多いようです。

※漢方薬を紹介する場合は、一般的に入手しやすい範囲のものに限りました。

中寒(ちゅうかん)とは

寒さや冷えなど、寒冷によって体が冷えて起こる病気を中寒といいます。

そして、寒冷の影響を受ける人の体質や寒冷の度合いの強さなどによって、様々な中寒の症状が出ます。

多くの古典に解説されていますが、たとえば、江戸時代の名著「方輿輗(ほうよげい)」(1853年・有持桂里(ありもちけいり)著)の中寒の説明を見ますと、「中寒は四季を通じていつでもあるけれども、まずは冬の強い寒さに中ることをいうが、夏といえども寒に中らないことはない。」とあります。

そして、「軽症は冷えてお腹をこわすなどという症状だけですむが、重症になれば、卒倒したり、手足が引きつけをおこしたり、手足が強く冷えて脈が絶えるようなことまである。」などと書かれています。

また、「方彙口訣(ほういくけつ)」(1865年・浅井貞庵(あさいていあん)著)には、「中寒はお腹の内が冷えたものだ。」として、やはり軽重の様々な症状に対する治療法を述べています。

現在では「体を冷やさないようにする」ということが軽んじられ、冷え症や低体温の人が増えていますが、寒い冬に中寒にならないよう注意しましょう。

冬によく使われる漢方薬

寒い冬に使われることが多い、代表的な漢方薬を紹介します。
顆粒や錠剤など手軽に飲める漢方薬でも、品質のよいものを利用すれば効果を実感することが多いものです。

五積散(ごしゃくさん)

五積散は、『和剤局方(わざいきょくほう)』(1107年・中国・宋・陳師文(ちんしぶん)ら編纂)に掲載されている処方です。

陳皮(ちんぴ)、枳殻(きこく)、麻黄(まおう)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)、当帰(とうき)、甘草(かんぞう)、茯苓(ぶくりょう)、半夏(はんげ)、桂枝(けいし)、白芷(びゃくし)、厚朴(こうぼく)、乾姜(かんきょう)、桔梗(ききょう)、蒼朮(そうじゅつ)、白朮(びゃくじゅつ)、大棗(たいそう)という17種類もの生薬を組み合わせてできています。

薬味が多い漢方薬には諸説があり、「薬味が少ない薬ほど応用が広く、効き目がよい。薬味が多い薬は応用の場が狭く、効きにくい。」といわれることがあります。

ところが、『方彙口訣(ほういくけつ)には、「名方(優れた薬)は薬味が多くても応用が広く、効き目がよい。」と書かれています。

そして、「五積散は高名な薬で多くの薬味を混ぜたものだけれど、よく組み合わせた薬である。」「五積散は名方なので多くの病気に使って効果がある。」などと述べています。

そして、「体の内外を温めて、めぐりをよくすることが主な効果である。冷たいものを飲食して内から冷えたときや、外邪(気候の影響や伝染病のように、外から体に入ってくる病気のこと)によって侵されたときなどにも効果がある。」ということを説いています。

さて、かつては強い腹痛のことを「積(しゃく)」と言うことがありました。

古い映画やテレビの時代劇などでは、道中で積の痛みで困っている美しい女性に、男性が「お女中、如何なされた。」などと声をかける場面もあります。

この積を起こす原因について、『軒岐救正論(けんききゅうせいろん)』(1644年・中国・明・蕭京(しょうきょう)撰)に「五積は血、気、痰、飲、食なり。」という記載があります。
それらを治す意味で五積散と名付けられたようです。

出典の『和剤局方』には、「五積散は、体内をととのえ、気をめぐらし、冷えを除き、痰飲(体内の余分な水分)をなくす。」と書かれています。

現在は、冷えによる腹痛、嘔吐、悪心、頭痛、背中や腰脚の痛み、感冒などのほか、女性の月経不順や難産にも使われます。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)

当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、当帰回逆加呉茱萸生姜湯(とうきかいぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)とよばれることがあります。

西暦210年頃に著された『傷寒論(しょうかんろん)』(中国・東漢・張仲景(ちょうちゅうけい)著)に掲載されている処方で、当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、甘草(かんぞう)、木通(もくつう)、桂枝(けいし)、細辛(さいしん)、生姜(しょうきょう)、呉茱萸(ごしゅゆ)、大棗(たいそう)という生薬を組み合わせてできています。

この薬は、やはり『傷寒論』に記載され、手足が強く冷える人に用いる当帰四逆湯(とうきしぎゃくとう)に、生姜と呉茱萸を加えて体の内部の冷えを治す効果を高めたものです。

どちらの薬も「手足の強い冷え」を使用目標として諸症状を改善するために、2千年の長きにわたって使われていますが、手軽に用いられる剤型(顆粒剤・錠剤)として多く利用されているのが当帰四逆加呉茱萸生姜湯です。

江戸時代の名著『方輿輗(ほうよげい)』の中寒を述べた章では、当帰四逆加呉茱萸生姜湯が最初に取り上げられ、冬の寒さでお腹が痛むときに効くとあります。

そして「疝(せん)や積のような強い腹痛で、腰のほうへ痛みが引きつけ、下腹部が痛み、手先と足先がかじかんで冷えて、下痢をすることもあるような症状に使われる。」と述べています。

当帰四逆湯と当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、現在でも「手足の冷え」を使用目標として腹痛や坐骨神経痛などに使われます。

特に当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、手足の血行を改善してシモヤケに効果があることで知られています。

理中湯(りちゅうとう)

理中湯は、『傷寒論(しょうかんろん)』と『金匱要略(きんきようりゃく)』に載る処方です。
この2冊はもともと『傷寒卒病論』という書でしたが、歴史の中で散逸して、後に2冊に分けて編纂されたものです。

人参(にんじん)、甘草(かんぞう)、乾姜(かんきょう)、白朮(びゃくじゅつ)という4種類の生薬の組み合わせです。

そのまま煎じて飲む場合に、理中湯、人参湯などとよび、丸剤にして飲むものを理中丸とよびます。
理中丸は、粉末にした生薬を蜜で固めて鶏卵の黄身の大きさに作り、沸騰している湯の中に入れてすりつぶし、細かくして飲みました。

江戸時代の書『方彙口訣(ほういくけつ)』には、「理中湯は、内臓(五臓)が強く冷えることによって、口が強ばって声が出なくなり、手足が立ち木のように硬直し、腹痛、下痢するような症状に、仲景(『傷寒論』の著者の張仲景のこと)の人参湯と名付けて用いる。」という記載があり、「理中湯は専ら中焦(胃)の元気を温め育てる処方である。」と解説しています。

「手足が立ち木のように硬直し…」などというのはオーバーな表現ですが、「牛山方考(ぎゅうざんほうこう)」(1782年・香月牛山(かつきぎゅうざん)著)にも、「理中湯は内臓が冷えて口が強ばって話すことができなくなり、腹痛、嘔吐、下痢し、手足が硬直するような症状や、突然腹中がしめつけられるように痛んで、嘔きたくても吐けず、下痢したくても便が通じないで苦しんで、人事不省になるような症状を治す神方である。」との記載があります。

江戸時代の生活環境だと、寒冷の影響でこのような重篤な症状があったのかもしれません。

また、中寒の症状の中にコレラの急劇な症状が含まれることもあり、理中湯が腹痛、嘔吐、下痢、下血などを伴う症状の軽重にかかわらずに使われていたことが多くの古典に記載されています。

現代病理学の発達していなかった時代には、伝染性の病気の原因も寒冷など気象的な影響のせいにすることがあったのです。

さて、明治11年(1878年)に著された有名な『勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)』(浅田宗伯(あさだそうはく)著)に、「(理中湯は)胃の中が弱って冷えて、消化不良をおこし、嘔吐や下痢がもつれ乱れて、たとえると線が乱れるような症状を治すので、後世(ごせ/後世派とよばれる漢方の流派)は中寒と霍乱(かくらん/急性胃腸炎やコレラの総称にして、嘔吐下痢の甚だしいもの)の常用薬にする。」との記載があります。
当時もよく使われていたのでしょう。

現在では慢性の症状の改善に使われることが多く、胃腸が虚弱で、顔色が悪くて生気のない人が、嘔吐、下痢、めまい、頭重、胃痛などの症状をあらわすときに使われます。