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耳の病気~ 漢方を試してみたい病気 ~

こんな病気にも漢方は効くの? などとよく尋ねられますが、漢方の応用範囲は皆さんが思っているよりもはるかに広いのです。
そんな病気の中に耳の病気がいくつか含まれます。

耳の病気の中で漢方の相談が多いのは、耳鳴り、中耳炎、難聴などです。

耳鳴りは西洋医学で原因がわからないケースが大半ですが、中にはメニエル病などと診断された人もいます。

中耳炎は治りやすい病気と思われていますが、難治性や反復性のものも多く、何ヶ月も何年も治療を続けたり、繰り返しているケースが少なくありません。
難聴は突発性難聴が治らないままの状態の人がほとんどです。

これらの病気は西洋医学では治りにくく、よくなることをあきらめている人も多いようです。
しかし、西洋医学と異なる特徴をもつ漢方では効果を得ることがしばしばあります。
漢方薬を一度は試してみたい病気だと思います。

※漢方薬を紹介する場合は、一般的に入手しやすい範囲のものに限りました。

江戸時代には

江戸時代の書「方彙口訣(ほういくけつ)」には、耳の病気は色々あって、耳が鳴る、遠くなる、腫れたり痛んだり、聞こえなくなる。また、耳の中から血膿が出たり、汚い汁が流れたりするものを聤耳(ていじ)とか底耳といい、俗には耳だれという。耳垢が耳を塞いで聞きにくくなるものがある。耳たぶに腫れものができて長く患うことがある。癇症(怒りっぽい)の人が耳鳴りをする。大きな音を聞いて耳が遠くなる。耳の中が痒くてたまらないものがある。
そして、耳鳴りには大鼓の音や蝉の声の如きもの、音楽を合奏するように鳴り続くものなどがあるとして、いろいろな症状にふれてそれぞれの治療薬を述べています。

『方輿輗』 の
耳の病気の項の最初のページ

また「方輿輗(ほうよげい)」という書では、耳の病気は耳鳴りと難聴の二つが主な症状として重んじられ、耳の腫れや耳からの出血、耳が痒いなどは症状の一部分として考えています。
そして、耳鳴りは難聴のもとであるとか、耳鳴りがしているうちに、だんだん耳が遠くなっていくものだとか、難聴になるものは必ず先に耳鳴りがするなどと書かれており、耳鳴りのときに早く手当をしておけば、難聴にはならないで治るものだとしています。

漢方全盛の江戸時代の古典には耳の病気に効く漢方処方が多く載っています。
今ではほとんど利用されなくなった処方が多いのですが、私の師、柴田良治先生は、それらを上手に使って優れた効果を上げていました。

なお、現在でも一般的に使われている処方には、大柴胡湯(だいさいことう)、小柴胡湯(しょうさいことう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、六味丸(ろくみがん)などがあります。

耳鳴り

音がしていないのに音が鳴っていると感じることを耳鳴りといいます。

脳腫瘍などの特殊な場合を除いて、一般的には耳鳴りの原因はわからないものがほとんどです。

そして、ほうっておいてもいつの間にかおさまってしまう場合はよいのですが、慢性化した耳鳴りはわずらわしいものです。

耳鼻科の先生に相談しても治りにくく、「慣れるしかない」とか「長く上手に付き合いなさい」などと言われて、治すことをあきらめてしまっている人も多いでしょう。
しかし、漢方が効くことが多いので、一度は試してみるとよいでしょう。

耳鳴りの症状では幅広い年齢層の方が悩んでいますが、やはり加齢の影響が大きく、寿元堂薬局では、中年以降と高齢の方の相談が多いものです。

さて、高齢や病後で弱った状態の人の耳鳴りによく使われるものに六味丸があります。

六味丸は、地黄(じおう)、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)、沢瀉(たくしゃ)、牡丹皮(ぼたんぴ)、茯苓(ぶくりょう)という六種の生薬を粉末にして、蜂蜜で煉って丸薬にしたものです。

江戸時代の処方集『衆方規矩(しゅうほうきく)』には、体が弱って、目にチラチラと花のようなものが散ったり(飛蚊症の症状)、耳鳴りがしたり、耳が聞こえにくくなったり、足腰に力が入らない、小便の勢いがないなどといった状態の人に適すると書いてあります。
『方彙口訣』では、六味丸は蝉の鳴くような耳鳴り音がするものによいとされています。

六味丸に桂枝(けいし)と附子(ぶし)を加えて、同様に丸薬にした八味丸も耳鳴りによく使われます。

附子はトリカブトのことですが、世間では毒として怖がられているトリカブトも上手に使えばよく体を温めて補う薬になるのです。

八味丸は、古く後漢の時代の『金匱要略(きんきようりゃく)』という書に載っており、生命の源ともいえる腎を補うことによって諸症状を改善します。
体が弱り、足が冷えたり腫れたりして力が入りにくいことがあり、小便に勢いがなく、出にくかったり、返って多かったりする状態の人に適します。
耳鳴りのほかに、糖尿病、腎炎、前立腺肥大症、緑内障、白内障、難聴、腰痛などに使われる機会があります。

防風通聖散も耳鳴りに使われます。
平生からご馳走の食べ過ぎで体調をくずし、のぼせて耳鳴りがする状態に適します。
防風通聖散といえば、数十年前から今も《漢方のやせぐすり》などといって販売される製剤が多い漢方薬です。しかし昔からこの薬の応用範囲は広く、耳鳴り、難聴など耳の病気や皮膚病に使われます。

『方輿輗』の著者である有持桂里先生も、しきりにトントンと鳴るご自身の耳鳴りにいろいろな薬を使って効果がなく、防風通聖散を飲んでよくなったということを書いています。

疳がたかくて怒りやすい人の耳鳴りには大柴胡湯、小柴胡湯、または小柴胡湯と四物湯(しもつとう)を合わせたものなどが適することがあり、この薬を小柴胡湯合四物湯(しょうさいことうごうしもつとう)ということがあります。

また、釣藤散や抑肝散など釣藤鈎という生薬の含まれた漢方薬も疳が高い人の耳鳴りに使われます。

中耳炎

耳の病気の中で、耳鳴りに次いで相談が多いのが中耳炎です。

中耳炎は、細菌やウィルスの感染によって中耳に化膿性の炎症がおこるものです。

そして、普通は急性の中耳炎をイメージする人がほとんどでしょう。
急性の中耳炎では、耳の痛み、難聴、発熱などの症状が出ますが、自然治癒することもあるぐらい短期間で治りやすいものです。

しかし、急性中耳炎が十分に治らなかったり、繰り返したりすると慢性化することがあります。

最近では、慢性化した難治性の中耳炎が増えています。

数ヶ月以上も耳鼻科に通院を続けても治らず、あるいは、数年以上の長期間にわたって中耳炎を繰り返します。このような中耳炎に漢方が効果を発揮することが多いのです。

難治性の中耳炎で私がいつも思い出すのは緒方玄芳先生という名医です。

師・柴田先生の研究会によくいらしていたので何度もお会いしましたが、ご自身の難治性中耳炎を漢方で治した経緯を聞かせていただいた時のことは、今でもはっきりと覚えています。

緒方先生は、難治性の中耳炎が悪化して入院治療中に、炎症が頭蓋に入って髄膜炎になる可能性が高いと耳鼻科の医師から告げられて悩みました。

そして、漢方を勉強し、いくつかの漢方処方を模索して、中耳炎を克服されたのです。

漢方の効果を知った先生は、後に日本古来の漢方を専門とした医院を京都で開業して活躍されました。

柴田先生と緒方先生の教えに基づいた私の経験から、今では難治性の中耳炎の多くが漢方で治まってしまうという感触を得るようになっています。

さて、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)は耳が腫れて痛む症状に使われます。
この名の処方は中国の明の時代の書「万病回春」に載っています。

当時は、耳の病気と鼻の病気に使われる同名の異なる二つの処方があり、江戸時代には別々に使われていました。

明治時代になって、森道伯先生が二つの処方を一つにまとめて、更に黄連(おうれん)と黄柏(おうばく)の二種の生薬を加えて新しい荊芥連翹湯を作りました。

森先生は、新しい荊芥連翹湯は耳と鼻の病気の両方に同じ薬が使えるので便利だとしていますが、この処方が現在の荊芥連翹湯として一般的に使われています。

なお、森先生が解毒症体質とよぶ、皮膚が浅黒くて光沢をおび、手足の裏に油汗をかくというような体質の人に適し、肥厚性鼻炎、副鼻腔炎、慢性扁桃炎、慢性中耳炎、にきびなどに使われます。

その他、葛根湯、大柴胡湯、小柴胡湯、十味敗毒湯、防風通聖散、補中益気湯、桂枝加黄耆湯などが症状と体質に合わせて用いられます。

難聴

難聴は音が聞こえにくくなったり、聞こえなくなる病気で、漢方では耳聾(じろう)といいます。

高齢になると、老化によって耳が遠くなることはよく知られています。

また、中耳炎が進行しても難聴になることがありますが、漢方で中耳炎の症状が改善されるとともに、難聴もそれなりに改善することが多いものです。

耳鳴りや中耳炎に伴う難聴は、それぞれの病気の症状のひとつとしてとらえている人が多いのですが、難聴としての漢方相談が多いのは突発性難聴です。

この病気は、多くの場合、突然に片方の耳が聞こえなくなる病気で、原因もよくわかっていません。

そして、難聴にともなって耳鳴りがしたり、耳が塞がった感じがすることがよくあります。
また、難聴になる前後に、めまい、吐き気、嘔吐などを伴うことがあります。

6~60歳代の人がなりやすく、男女差はありませんが、時には若い人も発症します。

突発性難聴は適切な早期の治療と安静が大切です。
おかしいと思ったら、すぐに設備の整った病院で診てもらえばよいでしょう。しかし、西洋医学での治癒率は約30%くらいです。

これは病気の治りにくさを考えると、決して低い確率ではないと思います。

しかし、私の経験からすると、漢方の効果を加えるともっと治癒率が高くなるはずです。

さて、江戸時代の有持桂里先生は、『方輿輗』の中で難聴を5つに分類しています。
気閉、邪閉、竅閉、虚閉、火閉というものです。

そして気閉は柴胡を主とする処方が適する状態としていますから、癇症で怒りっぽい人がなります。
現代ではストレスの影響が強いものを含んでよいでしょう。

邪閉は伝染病などによる難聴のこと。
竅閉は怪我によって、或いは耳だれが耳の中に固まって穴を塞いで聞こえにくくなるものや落雷の大きな音などで難聴になるもので、火閉は過度にのぼせて難聴になるものです。

そして、虚閉は腎虚や老衰、或は病後の衰弱などによってなります。
なお、腎虚というのは腎の働きが虚弱になっていることで、漢方でいう腎は五臓六腑の五臓のひとつのことです。

腎虚の改善に使われる代表的な薬のひとつに六味丸があり、難聴や耳鳴りに使われます。
腎虚でも、のぼせの強い人には滋陰降火湯(じいんこうかとう)が使われることがあります。

また、大柴胡湯や小柴胡湯などは気閉に使われ、防風通聖散は竅閉に使われますが、その他の多くの薬が症状と体質によって使い分けられます。

五臓六腑と腎

漢方では五臓六腑で内臓の働きを表現しました。

五臓は肝、心、脾、肺、腎で、六腑は胆、小腸、胃、大腸、膀胱の五腑に三焦という機能を加えて六腑にしたものです。

これらは西洋医学の臓器の意味とは異なる漢方の考え方です。

たとえば、肝は血を溜めるなど肝臓の働きと精神や神経の状態をあらわします。

心は心臓の機能と精神の働き、脾は消化吸収など代謝に関係するもの、肺は肺臓だけでなく鼻や気管支などを含めた呼吸器全般、腎は腎臓など泌尿器や副腎の働きと生殖に関するものなどを意味します。

六腑の胆は、胆のうの働きのほかに思慮や意志のような精神の作用を意味します。

小腸は水分を吸収し、胃は消化吸収の作用、大腸は大便をつくり、膀胱は泌尿器全般の機能を意味します。

そして三焦は臓器として実体がなく機能的な意味のものですが、自律神経の働きや内分泌の機能を意味します。

そして、五行説で耳は腎の穴とされ、腎が虚する(弱る)ことによって耳鳴りや難聴など耳の機能が悪くなることがあると考えるのです。

腎は命門と腎の2つにわけられます。

命門の火は、その熱によって栄養を全身に行きわたらせます。
そして命門の火は腎の水によって適度に冷やされ、調節されます。

ですから、腎は人間の生活機能をささえているのです。
腎の働きが弱った腎虚の状態では、体の元気が損なわれて、足腰もおとろえます。

例えば、体が弱ったお年寄りの状態を考えればわかりやすいでしょう。

このような考え方は今では非科学的で信頼できないように思えます。

しかし、実際の症状と体質をよく観察して組み立てられた理論の一部であり漢方薬を運用する上では大切なものです。

また、五行説は漢方家の立場によっては重んじられています。
しかし、五行説を軽んじてはいけないけれども、あまりこだわってもいけません。

形式的な理論にこだわりすぎると、漢方の効果が十分に発揮できないことが多いのです。